最高裁判所第二小法廷 昭和42年(オ)536号 判決 1968年11月22日
上告人
西本伸男
代理人
森末繁雄
小川栄吉
被上告人
末滝磐根
被上告人
横山假名子
主文
原判決を破棄する。
被上告人らの控訴を棄却する。
控訴費用および上告費用は被上告人らの負担とする。
理由
上告代理人森末繁雄の上告理由について。
原判決は、訴外岡山証券株式会社(以下岡山証券という。)は、昭和二九年頃被上告人ら先代亡末滝美之吉から、金融の担保物件として利用する目的で、その所有の日本銀行出資証券一〇〇口券(出資一口の金額一〇〇円)一枚を、白地の譲渡証書付きで期間を定めずに、右証券の時価に対する日歩二銭または三銭の利息に相当する金員を支払う約定で借り受けたが、その後、右証券を他に処分したので、昭和三〇年七月一四日右美之吉のために、右証券にかわるものとして第一審判決添付目録記載の出資証券(以下本件証券という。)を買い入れ、日本銀行の出資者原簿および証券上の名義を美之吉とし、かつ、同人から前同様白地の譲渡証書を取りつけたこと(その証書の譲渡人欄に捺印された印影は、同人の日本銀行に届出していた印鑑とは相違していた。)、岡山証券は、同年八月頃訴外藤田明信から四〇万円を一カ月後弁済の約定で借り受け、その担保として、提供する目的で同人に対し本件証券(時価二〇万円)を含む株券等を交付したこと、訴外藤田は、同年一〇月初旬本件証券につき、質権の実行を岡山地方裁判所所属の執行吏に委任し、同執行吏は、民訴法五八一条の手続によつて同月二九日その競売を実施し、上告人がこれを競落したこと、右執行吏は、執行裁判所から同年一一月五日、同法五八二条に従い、本件証券の名義を上告人に書きかえるための手続をする権限の付与を受けたうえ、訴外証券代行株式会社を通じて日本銀行に対し本件証券を提出して名義書換を請求したところ、日本銀行は、あらかじめ、末滝美之吉から、本件証券を他に処分したことはないので他人からの名義書換の請求に応じないようにとの願い出があり、また右名義書換請求に出資名義人の譲渡証書等の添付がないため、本件証券が出資名義人の意思に基づいて流通におかれたかどうか確認できないとの理由でその名義書換を拒否したことを確定し、右確定の事実によれば、岡山証券は、訴外藤田に対する四〇万円の債務を担保するため、これよりさき末滝美之吉からその旨の承諾を得て預つていた本件証券に同人の代理人として質権を設定したものであり、藤田がこの質権を実行して、上告人がこれを競落したことが認められるというのである。
ところで、原審は日本銀行法施行令六条一項「出資者ハ日本銀行ノ承認ヲ経テ其ノ持分ヲ譲渡スコトヲ得」の規定を論拠として出資者がその持分に質権を設定する場合にも日本銀行の承認を要すると解すべきものとし、右の質権設定契約について日本銀行の承認を得たとの主張立証がないから、右の質権設定契約は無効であり、無効の質権設定契約に基づく競売手続において上告人が本件証券を競落しても、何らの権利も取得しないものとして、被上告人らに対し出資証券の名義書換請求手続を求むる上告人の本訴請求を排斥した。
しかしながら、日本銀行の出資者は、出資証券の交付を要件として出資持分に質権を設定することができ、その質権者は出資証券を継続して占有することにより、その質権をもつて日本銀行その他の第三者に対抗することができるのであつて、質権設定には日本銀行の承認を要しないものと解すべきである。けだし、質権設定につき日本銀行の承認を要する旨の明示の規定はなく、信用供与手段である質権設定自体にはその承認を不要と解しても、日本銀行法施行令六条一項の規定の趣旨に反するものではないからである。したがつて、訴外末滝美之吉の代理人として、岡山証券が締結した本件質権設定契約について日本銀行の承認を経たことの主張立証がないことを理由として右質権設定契約を無効と解した原判決には、法令の解釈を誤つた違法があるものというべきであり、本件上告は理由があり、原判決は破棄を免れない。
ところで、前記のように、上告人は、訴外藤田明信の本件出資持分についての質権の実行によつて、これを競落したというのであるが、この競落は出資持分の譲渡と同視しうるところ、これについても日本銀行の承認を経たことについての主張立証はない。そして前記日本銀行法施行令六条一項の規定は、出資持分の譲渡があつたとしても、日本銀行の承認がないうちは、日本銀行に対しては譲渡の効力が生じないことを明らかにしたものと解すべきであるが、譲渡契約の当事者間においては、日本銀行の承認がなくても譲渡人は譲受人に対して、その譲渡につき日本銀行に対する出資者名義書換請求手続をする義務を負つているものと解するのが相当である。さらに、本件質権設定契約が通謀虚偽表示であるとの被上告人らの主張を原審が排斥する趣旨であることは、その判文上うかがうことができ、また、民法三六四条一項は、その特別法である日本銀行法施行令七条二項によつて、その適用は排除されているものというべきであるから、被上告人らの仮定抗弁はいずれも理由がないものということができる。
してみると、原審の確定した事実関係のもとでは、訴外末滝美之吉は、上告人に対し本件出資証券につき日本銀行に対する出資者名義の書換請求手続をする義務を負つていたものといわなければならない。そして、被上告人らが、右美之吉および同人の相続人であつた訴外末滝清野の相続人として、その権利義務を承継したことについて当事者間に争いがないことは、本件記録上明らかであるから、結局、被上告人らは、上告人に対し本件出資証券につき日本銀行に対する出資者名義の書換請求手続をする義務があるものというべきである。したがつて、上告人の本訴請求は理由があり、これを認容した第一審判決は、結局、正当であるから、被上告人らの本件控訴を棄却すべきである。
よつて、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八四条一項、九六条、八九条、九三条一項本文に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(奥野健一 草鹿浅之介 城戸芳彦 石田和外 色川幸太郎)
上告代理人の上告理由
<前略>
本件出資証券の取引と他の一般の株式取得の場合とは全く同様であつて右出資証券は事実上売買譲渡又は質権の対象となり得るものである。
その正当な権利者よりその出資証券に表示された名義人(又は権限ある代理人)より所定の手続を履践して名義の書替を請求する以上日本銀行は現実にはその書替手続を承認しておるものであるから偶々本件において被上告人が岡山証券株式会社に交付した譲渡証書に押捺した印影が相違しておるとしても右による証券上の取引関係を承認し且これが担保に供されるものであることを認めて出資証券を交付した以上被上告人は上告人の競落による取得を承認しその名義書替手続に協力すべき法律上の義務がありこれに対し被上告人が恣にその書替を拒むことはできないのが当然であつて、若し勝手にこれを拒絶することができるならばその法律上及び商慣習上公認された取引市場において善意無過失で譲渡を受けた譲受人に相手方の恣な意思だけで左右され不測の損害を蒙らしめる結果となり公認取引市場における取引の信用を害し相手方をして不当の損失を蒙らしめるものである。
被上告人は右株式取引の公認されておる証券業者と永年に亘つて取引をなしその取引を充分承知しておるものでありその業者に金融を目的として本件出資証券を交付しその金利を得ておるもので他に担保に差入れられることを充分知悉してなしたものであり上告人はその出資証券を証券業者に対する藤田明信が任意競売をなし競落したものであるから当然その正当権利を継受し得るものと信じておる。
然るに原判決は本出資証券が一般株式市場において一般普通株式取引と何等異なるところのない取引が行われておる事実を認定しながらこれを日本銀行法第六条の規定を盾に取り本件譲渡行為を無効なりとし更にその無効の質権設定行為によりなしたる右公的な競売行為をも無効として本件権利取得について効力を生じないとしたがその点につき何等具体的な説明判断をしないで被上告人に敗訴を言渡したのは法律の解釈を誤つた審理不尽の違法がある。
破毀を免れない。<後略>